十六夜の厭世的雑録

人生をそんな深刻に考えるな・・・永久に続くものじゃないんだから。

ビュリダンの驢馬

ビュリダンの驢馬とは、二つのまぐさ桶を前にしてどちらを食べるか迷い、ついに飢え死にしたという驢馬のことである。

でも、「なんてバカなロバなんだ」と嗤う気持ちにはなれない。


私自身、優柔不断で、なかなか決められないことがよくあるからだ。


人生には、時として「あれかこれか」の選択を迫られることがある。
そんな時に、取捨選択する確固不抜の基準を私は持っていないからだ。


そして、その選択基準こそが、その人の価値観であり人間性にもなってくる。


お金がすべての基準になっている人は、損か得かで振り分けるだろう。
だが、損か得かなんて長いスパンで考えれば反転してしまうことだってあるのだ。


「どちらか一つの道を選ぶとしたら、苦しそうな道を選びなさい。その方が間違いがないから」と作家の三浦綾子が言っていたが、これは大変な勇気と決断力がいる。
三浦綾子さんは、クリスチャンとしての牢乎たる信仰があったから言えたのだろう。
私など弱い人間だから、楽な方を選んでしまうだろうな。


選択肢が同質同量であった場合、意思決定をするのは、ほんとうにしんどい。
結局、私自身の中にも、ビュリダンの驢馬は居るのだ。


挙句の果てに、自分に都合のいい判断をしてしまうんだよなあ。


サルスベリ(百日紅)