十六夜の厭世的雑録

人生をそんな深刻に考えるな・・・永久に続くものじゃないんだから。

歯科通院

歯科医院に行ってきた。
先週抜歯した箇所は、もう入れ歯にするしかなく今日は型を取った。


ああ、ついに入れ歯か。
テレビで入れ歯安定剤のコマーシャルを他人事として見ていたが、これからは我が身のこととなる。


何事もそうだが、自分が当事者にならなければ、その人の気持ちは分からぬものだ。


最近、大きな災害があちこちで起きた。
その度に、被災された人は平凡な日常を奪われ、悪夢のような生活に突き落とされた。


被災された方に思いを寄せたり、絆という名の結びつきは大切なことだ。
しかし、立場の違う人が被災者の深い心情を理解するのは非常に難しい。


でも、それは仕方がないことだと思う。
あまりにもシンパシーし過ぎると、自分まで体調を崩しかねない。
そのような人は、真面目で誠実で思いやりがあるのだろう。


一方で、「人の不幸は蜜の味」みたいな人間がいるのも事実である。
感情の赴くままに生きていると、妬みや嫉みが顔を持ち上げる。


なかには、被災地に出かけて、盗みを働く不届き者がいる。
法的な犯罪行為は別として、他人のことに思いを至らせることの出来ない憐れな人間なのであろう。


似たような事は、病気にも言える。
他人の病を憂えることの出来ない人間は、その想像力の欠如ゆえに心ない言葉を投げつけることがある。


入れ歯の話から拡散してしまったが、私は来るだけ当事者の気持ちを理解するように努めなければと、歯科医院の診療台の上で考えていた。
自分もいつ当事者になるか分からないのだから。


サフランモドキ(ゼフィランサス・カリナタ)