十六夜の厭世的雑録

人生をそんな深刻に考えるな・・・永久に続くものじゃないんだから。

うしろすがた

後ろ姿は、おもしろい。
どんなに取り繕ったところで、悲しみも寂しさも見えてしまう。


「刀を抽(ぬ)いて水を断てば、水は更に流れ、杯をあげて愁いを消せば、愁いは更に愁う」


川の流れはしばらくも止まらず、人生の歩みも寸時といえど止まらない。


生きているかぎり、愁いはなくならないのかもしれない。
愁いとは、なにか満たされぬものを感ずるときの悲しみのようなものだ。
だから、憂いとは微妙に違う。


人は一生懸命生きようとすればするほど、愁いに包まれてしまう。
そして、虚しさに襲われて、生きている意味が解らなくなってしまうのだろう。


でも、時は寸時も止まらずに流れているのだ。
楽しい時も、苦しい時も、元気な時も、不調な時も・・・


人は誰でも、今を過ぎていくのだ。
時の彼方に押し流されて、初めて人生の後ろ姿が見えるのかもしれない。


「うしろすがたのしぐれてゆくか」 種田山頭火


グラジオラス