十六夜の厭世的雑録

人生をそんな深刻に考えるな・・・永久に続くものじゃないんだから。

好幸性

「植物に向光性があるように、人にも好幸性がある」
と言ったのは幸田文だが、たしかにそうかもしれない。


憲法13条にも「幸福追求権」はある。
しかし今、自分は幸福だと自信をもって言い切れる人がどれほどいるだろう。
私だって、面と向かって「あなたは幸福ですか」と訊かれれば、戸惑ってしまう。


そもそも「幸福」とは、何なのかがよく解らない。
アランの「幸福論」、ラッセルの「幸福論」、ヒルティの「幸福論」、どれを読んでも、しっくりとこなかった。
いや、幸福は頭で理解するのではなく、心で感じるものなのかもしれない。
安心感、充足感、達成感、解放感、etc.


世間では、結婚イコール幸せとよく言われる。
果たして、そんな単純なものなのだろうか。
結婚生活は玉石混淆で、ストレスや苦しみのほうが遥かに多い。


私の場合、妻が統合失調症になった。
当時は分裂病と呼ばれ、医師から病名を告げられた時は頭が真っ白になった。
私は眠れなくなり、そして鬱になった。


病気を幸せに転化できる、と言う人もいる。
でも、私はそんなに強くないし、高村光太郎のようにはなれないのだ。


植物が光のほうに曲がっていくように、
日々の生活の隙間にちいさな幸せを探して生きるしかないのだろう。
私のささやかな好幸性である。


フランネルソウ