十六夜の厭世的雑録

人生をそんな深刻に考えるな・・・永久に続くものじゃないんだから。

長崎原爆忌

73年前の今日、長崎に原子爆弾が投下された。

7万数千人が亡くなり、その後も放射能の影響で10数万人が亡くなった。


なぜ、広島に原爆を投下した3日後に、長崎に原爆を投下しなければならなかったのか。
それは、当時のソ連にアメリカの軍事力の優位を知らしめるためであったとも言われている。


広島に投下されたのはウラン型で、長崎の場合はプルトニウム型の原子爆弾である。
そして、長崎に投下されたプルトニウム型のほうが、技術的には遥かに難しいそうだ。


やがてソ連も原子爆弾を持つようになり、アメリカは水爆を開発するようになる。
その水爆実験で死の灰を浴びたのが、第五福竜丸であった。


ユダヤ系ロシア人(リトアニア人)でアメリカ移民のベン・シャーンは、「ラッキードラゴン」シリーズとして、第五福竜丸事件に関する多くの絵を残している。
私もいくつかの美術館でシャーンの絵を観たが、カリカチュアライズされた作品の中に深い悲しみと静かな怒りを感じた。


広島と長崎の原爆で亡くなった人びとにも、それぞれの人生があり、それぞれの家族があったのだ。
放射能で塗炭の苦しみを味わって死んだ人びとのことを、決して忘れてはならない。
これは、八月だけのことではない。


昔から人類滅亡論というのがある。


ひとつは、自然現象により人類が滅亡するというもの。
昨今の異常気象などは、その尾端かもしれない。


もうひとつは、人間の愚かさにより人類が滅亡するというもの。
人類が滅亡するに足る核兵器を持って、どこへ行こうとしているのか。


トリトマ