十六夜の厭世的雑録

人生をそんな深刻に考えるな・・・永久に続くものじゃないんだから。

悲しき根無し草

私が自死遺族になったのは、10歳の時だった。

まだ子どもだったので、遺族という言葉はそぐわないかもしれないが。


人間の死というものに初めて触れたのが自死だったため、その衝撃は大きかった。
今でも、あの時の光景は脳裏に焼き付いて離れない。


このことは、幼かった私の心に鋭い楔を打ち込んだ。
やり場のない虚無感と、息もしたくないほどの厭世観に苛まれた。


そして、一時期自己破滅的になったこともあった。
しかし、死のうと思ったときに、10歳で体験したことが逆に歯止めとなった。
何とも皮肉なものである。


ただ、私の場合は逆縁ではないので、立場が微妙に違うような気もする。
逆縁の悲しみ苦しみは、如何許りかと思い遣る。


ある日突然、逆縁の深き淵に突き落とされた人は、きっと私以上に人生を受け容れるのが大変なのだろうと思う。
しかし、二律背反するものが心の裡で渦巻いているのは、一緒なのではないだろうか。


宇宙の歴史から見れば、人間の一生など一瞬にも満たないと思うが、その一瞬が重たい。
生きるということは、せつないことだ。