十六夜の厭世的雑録

人生をそんな深刻に考えるな・・・永久に続くものじゃないんだから。

孟子と荀子

孟子は性善説を唱え、荀子は性悪説を唱えた。


私は性善説を信じたいのだが、テレビや新聞などで知るニュースには、ときどき理解し難い事がある。


根っからの悪人はいないと、よく言われる。
ところが、自分さえ良ければ他人のことなどどうでもいい、平気で嘘をつく、このような人がいるのも事実だ。


最近、聞いていて虚しくなる言葉。
「真摯に・・・」 「謙虚に・・・」 「丁寧に・・・」
ずいぶん、言葉が軽くなったものだ。


「石川の浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじ」
と、石川五右衛門は辞世の句を詠んだとか。
五右衛門は、未来永劫盗人は尽きないと言っているのだ。


一方で私は、メッカ殺人事件の正田昭のことを考える。
正田昭は獄中で受洗し、何冊かの本を遺した。
しかし、1969年12月に、40歳で刑死している。


こう考えてくると、人間の本性は善なのか悪なのか解らなくなる。


「人は生まれつきは善だが、成長すると悪行を学ぶ」
「人は生まれつきは悪だが、成長すると善行を学ぶ」


いずれにしても、人間を性善説か性悪説かと二分して考えること自体が間違いなのだ。
両者を微妙に混ぜて考えるのが、妥当なところかもしれないな。


ヒゴロモコンロンカ(緋衣崑崙花)