十六夜の厭世的雑録

人生をそんな深刻に考えるな・・・永久に続くものじゃないんだから。

共に歩く

天声人語の執筆者の中では、辰野和男さんが一番好きであった。
自然を描写しながら、さりげなく人の生き方を感じさせる文章だった。


そして、いつも何が本当に大切なのかを考えさせられた。
辰野和男さんは、こんな言葉を遺している。


雨が降れば、雨と共に歩く。
風が吹けば、風と共に歩く。
病気になれば、病気と共に歩く。


なにげなく読んでいると簡単なことのようだが、何度も読み返すと、それを実践することの難しさが解る。
共に歩くとは、共に歩くものを受け容れなければならない。
とくに、病気と共に歩くとは、病気になった自分を受容しなければならない。


私の鬱もバセドウ病も、寛解はするかもしれないが完治はしないだろう。
それらの病を、未だ私は自己受容出来ない。
病むとは、病気そのものの苦しみ、周りに迷惑をかける心苦しさ、自分の病気を肯定できない苦しみ、場合によってはスティグマによる苦しみもある。


時計の針を逆転させることが出来たら、という空しい願いが後悔であるとしたら、後悔ばかりしている自分がいて、未だ共に歩けない。


モントブレチア