十六夜の厭世的日録

人生をそんな深刻に考えるな・・・永久に続くものじゃないんだから。

ひまわり

ひまわりを見ると、ソフィア・ローレンを思い出す。
マルチェロ・マストロヤンニと共演した映画「ひまわり」である。


戦争によって引き裂かれた夫婦の悲哀。
風に揺れる一面のひまわり。
ヘンリー・マンシーニの切ない音楽。


戦争の悲惨さと残酷さを感じた映画であった。
しかし、あの時代、似たような現実はあちこちであったのだろうと思う。


だから私は、ひまわりの花を見ても情熱的で底抜けに明るい印象はもてない。


ゴッホのひまわりを観た時も、明るさよりもある種の昏さを感じた。
国立西洋美術館でゴッホ展を観たのは、もう何年前だろう。


もちろん「ひまわり」も「タンギー爺さん」も「馬鈴薯を食べる人びと」もあった。
ゴッホの絵は、情熱的で明るいと言われることがあるが、私には深い懊悩の末に
描かれた絵画に見えた。


私にとってひまわりとは、悲哀と懊悩と離愁の花なのである。


ヒマワリ

寄る辺なき風の如く

人間なれば堪へがたし

真実一人は堪へがたし (北原白秋)


短いが、心に突き刺さる詩である。


「人間なれば」という書き出しは重たい。
犬や猫だったら、「真実ひとりは」などと言わないだろう。


一人暮らしの高齢者は、2015年の統計では592万人、そのうちの400万人は女性だ。
今でも一人暮らしの高齢者は急速に増えている。
そして、怖いことに日本の人口は減っているのだ。


今この時にも、堪えがたい寂しさに堪えている人が、高齢者以外にもたくさんいる。
街に人が溢れていても、雑踏の中の孤独は埋められない心の穴のようなものである。


病気を治療する薬はあるが、寂しさを癒す薬は無い。


スイカズラ

熱帯夜

昼間の猛暑もきついが、夜中に気温が下がらないのも苦しい。
朝起きれば、すでに30度近くまで気温が上がっている。


いや、一晩中27度を下回らないのである。
朝から水道の水が生ぬるい。


子どものころ、あんなに朝が清々しかったのは、気温が低かったせいもあったんだな。
だから、雨戸を開け放して、蚊帳を吊って寝られたのだ。


今は、昼と夜のメリハリが無い。
昼間熱せられた空気が、夜になっても冷えないのだ。


原因はいろいろあるだろうが、ヒートアイランドもそのひとつだろう。
一晩中クーラーを点けている。
さらに、昼間も家にいるときは点けているので、ほぼ一日中クーラーが欠かせない。


テレビでもラジオでも、「命に関わる危険な暑さ」に注意するように呼びかけている。
おかげで、今月の電気料金は先月の2倍に跳ね上がった。


日本は、もはや温帯ではなく亜熱帯になってしまったのか。
今年は、まだ蝉の鳴き声を聞いていない。


タチアオイ